3/2 太郎山山頂書店

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だーれもいない山奥で1本の木が轟音と共に倒れた。

だーれもいない山奥だ。当然、その音を聞くものは誰もいない。

その時、その音は存在するのか?

その音、その木になってみたかったのです

「くそぅ、先週と状況が同じじゃねーか」

うららかな陽気の太郎山山頂でそう独りごちていた。

という訳で、今週もしゃかりきに山頂書店を開店したのだった。

品ぞろえが悪いのだろうか。
こんに晴れて山頂読書日和なのに。

が、来店者がない。山頂には人がいるというのに。。。

となると、いつものパターンで「何故自分はこんな事をしているのか?」という自問自答が始まる。

で、冒頭の「聞く者がいない奥山で木が倒れる、その音は存在するのか」に話が繋がるのである。

これは古典的な哲学の小噺で私は大好きなのだ。木だし、山奥だし。

この哲学的小噺を考えるにつけ、だんだん木やその音に自分がなってみたら、どんな気持ちになるのだろうと思うようになったのだ。

そんな想いがたぶん私をして、山頂本屋を開かしめたのではないか。

…と睨んでいるがどうなのだろうか。

山頂で本屋をやってると、当然だけど人がいない。

人がいないけど、私としては「本屋なんです、開いているんです」と気張っている訳で、その時私は奥山の木なり、倒れる音と同じなんじゃないかと思う。

とても不思議な気持ちがするものである。

この気持ちについて、是非とも他の人間と語らいたいと思うのだが、山頂書店業界の後進がなかなか現れないのでもどかしい。

ああ、語りたい。

考えると腹が減る。

で、やっぱり、さっぱり人が来ない…

そんなような事を考えながら、

面出しする本を入れ替えたり、

本を並べなおしてみたり、

立ち読みをしてお客を装ってしてみたり、

お客さんが来やすいように工夫を惜しまないのだ。

が、来ない。

陽気もいいことだし、寝転がる。

ふて寝するのだ。

好きな本の話ができた、それでいい。

「お、宇宙船とカヌーだ!!へぇ~、ほぉ~」

お客さんだ!!しかも「宇宙船とカヌー」に関心があるなんて!!!

宇宙船をつくる天才物理学者の父とカヌーを作るヒッピーな息子の物語である。
超いい。超いい本。

「これ、NHKで番組やってたよね、本人も出演してた」とお客さん。

「ほぉ、そうなんすか、うちTVないから知らなかったっす」と私。

「あ、そうなんだ。でも、これ、いいよね」とお客さん。

「いいですよねぇ、最近ヤマケイ文庫で復刊されたみたいっすよ。それはちくま文庫のだけど」と私。

「あ、ヤマケイで?そうなんだ。でも、ちくま文庫の、まさしくこれ持ってるんだよね」とお客さん。

「おお、そうですか」とちょっぴりトーンの下がる私。

結局、お客さんは何も買っていかなかったけれども「宇宙船とカヌー」の話が出来たことが私は嬉しかった。

それ以降お客さんは訪れず、15時で山頂をあとにした。

山頂で、たまたま行き会った人と、好きな本の話ができた。

なんだか、そんなんでふくふくした気持ちになれるのだ、人は。

本が売れなくとも、そんな事が報酬になるものなのですなぁ。

おしまい。

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